沖縄のアーティストを訪ね歩き、さまざまな沖縄アートを探る「DISCOVERY」コーナー。
今回は、北部の瀬底大橋を渡って辿り着く小さな島、瀬底島に工房を構える「紅型工房べにきち」吉田誠子さんを知る旅。
「紅型工房べにきち」を語る代表作、それは「琉球の魚」。
描かれるのは、49種類の沖縄の魚。
「できるだけ生きている魚の表情を捉えたい」と、海に素潜りして泳ぎながら魚を観察したり、水族館に見に行ったり。2年の間、調査を重ねた。
スケッチを終え型紙を作り、いざ染め始めたものの、「なにかが違う」とボツにした。
魚が大好きで、魚のことをよく知っているだけに、こだわりが強かった。
はじめからやり直し。2度目に染めたものは、納得のいく仕上がり。自信作となった。
「琉球の魚」は、紅型をスキャンして紙に印刷したポスターをメインに販売されている。
紅型をポスターで世に送り出そう。
もともと「琉球の魚」は、そのアイデアありきで取りかかった作品。新たな挑戦だった。
たくさんの時間を費やし、デザインを練り上げ、ていねいに染め上げた紅型は、その価値とともに価格もはねあがる。
納得のいくものを作りたい。でも、もっと紅型を身近に感じてもらえる機会も作りたい。
それなら、とことんていねいに作った紅型を、紙に印刷してポスターにするのはどうか。
手に届きやすい価格で送り出すこと。そこに新しい可能性が生まれると思った。
沖縄の魚を、写真でもない絵でもない、紅型で知る楽しさ。
その愛嬌あるフォルム、おどけた表情。
吉田さんが夢中で追いかけた49の魚たちが、1枚の中に生き生きと泳ぎ色彩豊かにひしめきあう。
「琉球の魚」【紅型原本】(2017年)©吉田誠子
「琉球の魚」【ポスター】(2017年)©吉田誠子
ポスターには魚の和名・和名(漢字)・沖縄名・英名・最大全長が記載されている。
これまでは、オーダーデザインで製作することが多かった。
2019年に製作したこの「動物たちの行進」も、依頼主からお題を出され取りかかったオーダーデザイン。
「子象とトラとライオンと、オランウータンの親子と、動物がみんなで行進しているもの」と依頼を受けた。
アフリカの動物。そこから、アフリカのアートを調べた。
足音や鳴き声が聞こえてくるような躍動感、野生味あふれる色彩、みなぎる命。
国境を超えるダイナミックな紅型に仕上がった。
お題を出されて、取り組む楽しさはある。
でもこれからは依頼されたものではなく、自分から湧き出るデザインをたくさん作っていきたい。
吉田さんは今、そんなターニングポイントを迎えている。
「動物たちの行進」(2019年)©吉田誠子
|吉田誠子さんに聞きたい、10のこと|
1.アートを始めたきっかけ、これまでの軌跡。
母親が絵を描いたり、デザインしたりする人で、その影響もあり、小さなころから絵を描くのが好きでした。
高校の入学祝いに母と石垣島、西表島へ旅行して、そのときのことがとても印象に残り、「そうだ、沖縄にいこう!」と。調べてみたら沖縄県立芸術大学(以下「芸大」)があったので、「これで沖縄に住める!」なんて(笑)
芸大ではデザイン工芸学科で、紅型をメインに、友禅、ろうけつ、ステンシル、シルクスクリーン、染色全般を学びました。その中でも、紅型の型染めの雰囲気にすごく惹かれて。本土の染め物は、ふわっとした色が多いけど、紅型の元気な感じ、明るい感じが自分の性に合ったんです。
卒業後は、先輩が働いていた「おきなわワールド」(南部にある観光スポット)の紅型工房でバイトを始めました。紅型で食べていくと決意したものの、まだ作品を売って生計を立てられるほどではないし、でも「いつかは!」と合間を縫って自分の作品も少しずつ制作しながら。
5年ほど務めたころ、そろそろ自分の好きなことができそうになったので独立し、この瀬底島へ。工房を構えてもうすぐ10年経ちます。最初は、こんな小さな島の片隅で、紅型の専門店なんて……と、思う人がいたかもしれないけど、私は絶対いける!と思っていました(笑)
オープンして半年くらいは、それこそ誰も来なくてシーン。でもネットのおかげで少しずつお客さんが訪ねてきてくれるように。作品も、小物メインだった当初から、本格的なものを作りたくて帯をメインに変えていきました。
今は、もっとアートなほうへいきたいという意欲がむくむくと。具体的には、パネルをたくさん製作していきたい。人が見て豊かになるものを作りたいと思っています。
2.影響を受けた人、作品は?
染色家の柚木沙弥郎さん。工芸、アートに対する思い、「ワクワクしたい」という思いにとても共感します。
3.これまでの自分の作品の中で1番思い入れのあるものは?
独立して最初に手掛けたデザインの「南国花模様」。「デザインする」ということに初めて向き合った作品。今見ると、幼い部分はあるけど、勢いがあると感じます。
4.沖縄に住み、沖縄でアート活動をしている理由は?
沖縄でアート活動をしたい!と思って来たわけではなく、沖縄が好き、沖縄に住みたいという気持ちが一番にあり、たまたま絵が好きで、たまたま紅型に出合えたという感じです。紅型はお土産ものとして受け入れられるので、お客様もあちこちから来てくださって、チャンスがすごく多い。とてもラッキーだったなと思います。
もう人生の半分以上を沖縄で過ごしているけれど、年々しみじみと異国感を感じます。それによって心地よい孤独感が生まれ、よりしがらみのない自由な気持ちで制作に取り組むことができる。沖縄以外で制作をしたことがないので、ほかと比べられないけれど、沖縄にはそんな魅力があると思います。
5.アーティストとしてのテーマは?
オリジナリティ、時代や文化などに影響されない普遍性、ポジティブな気分になれる作品、毎回新しい試みを入れること。
中でも、一番大事にしているのはオリジナリティ。制作するときに、いろいろなものを参考にしますが、それを「○○っぽい」だけにならないよう気を付けています。「どうしてこの人はこの線で描いたのか?」をちゃんと深く理解して、自分の中に取り入れる。そこから自分の線として出せるように。
以前は、ただただ美しく、緻密に描くことにこだわっていました。変に絵を描くのが上手だったので、それを活かさなきゃという呪縛があって。でも、自然の魚のうろこを見たときに、これにはどうしても勝てない、と。じゃあ人が作り出すもので、価値があるものはなんだろう?と考えたときに、自分が自由に作り出す線なんだ、と。
雰囲気、空気感を出す。そこに価値を見い出せたことは、大きかったと思います。
6.インスピレーションの源は?
ひらめきの源は、デザインごとにあります。具体的なモチーフだったり、ネットで見つけた絵画や工芸の作品だったり、頭の中に出てきた抽象的なイメージだったり。以前は、周りの環境から受けるものが多かったけど、今は自分の内側から出てくるもので作ることが多いかもしれません。
どうしても出てこないときは「無」になれることをしてリセットします。ピアノを弾いたり、庭の草むしりをしたり。ひたすら草を抜いていると、ごちゃごちゃした頭の中を整理できる。集中しすぎると変な方向にいってしまうから、行き詰まったら引いて見るということを大事にしています。
7.自分の作風、スタイルを思いきってひとことで!
おもしろい!
8.沖縄アートについて考えること
小さな島国のさらに小さな島にいると、ときどき視野が狭いなと感じることがあります。逆に、だからこそシンプルな気持ちで作品に向き合えるのかな、とも。
紅型という伝統工芸について言えば、紅型はあくまで「手段」であり、紅型を「目的」にしないことが大事だと考えています。私たちは、昔からできてきた伝統工芸の流れの中にいる。その流れの中で、今、自分の好きなことをやっていくイメージを持っていたい。そうしないと、伝統工芸は発展していかないのでは?と思います。
道具についても、便利なものは今たくさんあって、それをどんどん取り入れていいと思う。昔はモノがなかったのでその方法、その道具でやるしかなかった。それを今でも「昔のやり方のままでやる、それが紅型だ!」というのは少し違う気がします。
過去の紅型を理解して、そこにある良さは自分なりに置いておくというスタンスでいたい。紅型のご機嫌うかがいみたいな作品になってしまうのはおもしろくないなぁ、と。
昔は、何か新しい試みをすると「このやり方、紅型で合ってるかな?」と不安になることがすごくありました。やっぱり、昔ながらの方法が安心するんです。
でも、今は何をやっても不安になったりしない。自信満々です(笑)
9.自分の作品を通じて出会った人、出合った場所において嬉しかったエピソードは?
「琉球の魚」ポスターは、仕事の合間の趣味のような感じで、こだわりたいだけこだわって制作した作品。手染めのものと違って、いろいろな形でいろいろな層のお客様に手にしてもらえて、私の仕事の世界が広がったような気分。とても嬉しいです。
それから、制作中の話なんですが、お客さんに出されたお題について調べていく中で、いろいろな作家さんの作品と出会えるのも嬉しい。その人がどういう人生を送ってきたんだろう?と辿っていくうちに、ああ、こういう人生を送ってきたからこういうものが出てくるんだなと、つながっていく瞬間とか。共感できることも多々あって、刺激を受けますね。
10.未来の目標、思い描いている夢は?
印税生活! 生活の基盤となるものがあって、本当に好きなように作れたらこれだけ幸せなことはないなぁ、と。今はまだ、これをやったらウケるんじゃないか? イケてるんじゃないか?と、どうしてもどこかで人の顔色をうかがっているところがあって。だからそれがなくなったとき本当に作りたいもの、自分から出てくるものに興味があります。もしかしたら、作らなくなっちゃうかもしれないけれど(笑)
近い将来では、「琉球の鳥」を完成させるのが目標です。魚と違って間近で見られないので、双眼鏡で観察したり、写真で見たり。最初は描き込んで、そこから自分の手に覚え込ませて、一回見るのをやめて、何もなしで描いて。できなかったらもう一回見て描いて、の繰り返し。今やっと4羽合格したところ(笑) 頑張ります!
吉田誠子 | NOBUKO YOSHIDA
紅型作家。兵庫県出身。1997年沖縄に移住。2002年、沖縄県立芸術大学デザイン工芸科染色コース卒業。紅型工房に勤めながら、オリジナル作品の制作を続け、「沖縄平和美術展」、「沖縄の紙の世界展」などに出品。2010年、瀬底島に「紅型工房べにきち」を構え独立。2010年「沖展」出品、浦添市長賞受賞。2018年「日本民芸館展」入選。現在は、不定期で県内外のギャラリー、百貨店に出品している。
==INFORMATION==
紅型工房べにきち
住所/〒905-0227 沖縄県国頭郡本部町瀬底94
電話/0980-47-4451
MAIL/welcome@benikichi.com
オフィシャルホームページ
※2019年10月現在、定期的に購入できるお店、オンラインショップがございません。掲載作品や、そのほかの作品の購入については、上記にお問い合わせください。
※「琉球の魚」ポスターのみ、以下にて購入可能です(2019年10月現在)
・沖縄美ら海水族館(水族館内店、アンテナショップうみちゅら)
・道の駅(恩納村、許田、国頭など)
・工芸品店(ふくら舎、鍵石、沖縄の風、山原工藝店など)
・わしたショップ(国際通り店、イオンモール沖縄ライカム店、札幌店、銀座店)
・観光施設(おきなわワールドなど)
ネットでのご購入は「沖縄教販」ショッピングサイトから
PHOTO/Choji Nakahodo
TEXT/Norie Okabe